第四話:巡り合わせ
―――ぱたり。
そんな軽い音を立てて、「運命を変えた話」が入った本は閉じられた。
拓人に襲い掛かってくる感覚は、虚脱感。
(―――これだけ?)
「運命を変えた話」。 この題名を見つけたときの、あのなんともいえぬ期待。
まるで、今の自分の状況を変えてくれるかのような。
でも、その気持ちはこの話を読み終わった後、すぐに消えてしまった。
これが、おじいちゃんが生前拓人に見せようとしなかった秘密の本、なのか。
そう思って落胆し、ため息をついてみても状況は変わらない。 答えるべき人はもう、いない。
そう思うと、いまさらながらに涙が出た。
もう、おじいちゃんが死んで何年にもなるのに。
それとも、この涙は状況を変えられない悔しさから来たものなのか。
考えることさえバカらしくなっていた拓人は、薄い本をダンボールの中に投げ入れる。
踵を返し、またひとりになれる部屋を探しに出て行った。
―――あの本を見つけた日から数日が経っていた。
田舎の夏は飽きることがない。 都会ではアスファルトに蒸し返され、熱いだけだったのだが、山の中にあるおばあちゃんの家は風が良く入って都会よりは涼しかった。
何人かの友達が出来て、川遊びに行った。 おばあちゃんも拓人に気を遣ってくれて、いろんなところに連れて行ってくれた。
大きく育った収穫前の、青々とした稲といっそ清清しいまでの蒼い空は幼い拓人にも感銘を与えた。
お母さんも、自然な笑顔を見せるようになってきて、今日は田舎なだけに広い庭で散水ホースを振り回しながら遊んでくれた。
清清しくもどこか哀しい夏休みは、まだ始まったばかり。
「そうだ拓人、裏の神社の山神様に挨拶に行かなきゃねぇ」
その日の夕方、おばあちゃんは呟くように言った。
夏の夕方の風は涼しい。 ミミミミミ、と夏の虫が鳴いている。 まだ明るいが、もう五時ごろだった。
「山神様?」
慣れない団扇をパタパタと扇いでいた拓人は
山神様で思い浮かぶのは、数日前に読んだ「運命を変えた話」。
「そうだよ、爺さんがお前には話すなって言ってたんだけどね、ここの山神様は運命を変えたことがあるんだよ」
すると、あの話はこの地の伝承だったのか。
「そういう伝承があったんだよ。 まあ、本当のことか分からないけどね」
おばあちゃんは信じていないらしく首をすくめた。
かさ。
自分のサンダルを動かした音が、やけに大きく深夜の家に響いた。
(起きないよね、お母さん達)
そう思いながら、今度は細心の注意を払ってサンダルを履く。
ガラガラ……となるべく音を立てないように引き戸を開けたが、それでも音はしてしまった。
もう一度閉めて、外に広がる深夜の闇……というより、明るすぎる月明かりの中に立つ。
青白い光の中に聳える山々はどこか不気味で、それ以上に幻想的だ。
そして、幼い拓人が何故こんな深夜に家を出たかというと―――、
もちろん、運命を変えてもらうためだった。