第二話:井上陽


その人物は、私の席の後ろに座っている。

肩までかかった黒髪の女子生徒。
見た目は、普通。 地味な子だった。 

だけど、読んでいるもの。
それがみんなと違っていた。

大きな日本刀を担いだ、紅い髪と瞳の十二、三歳くらいの女の子。
その少女は不敵に笑い、セーラー服を着ていた。

この絵の意味するところは。

―――これはオタク小説だ!

その頃の私は、そのジャンルのことを『ライトノベル』ということを知らなかった。
だが、それはみんな同じだったようで彼女のことを『地味でオタクな女子生徒』としか見ていなかった。

休み時間になると教室を出て行き、帰ってくると先生が来る間の僅かな時間にその『オタクな本』を読む。

ほとんど、誰とも会話しない。

たまに、どうやら彼女と同じ小学校の男子が彼女をからかっていた。 彼女はすごい眼で睨むか、顔を真っ赤にして反論するかのどちらかだった。

でも、女子はあんまり彼女と関わりたくなくって、遠巻きに見ているだけだった。


私だって、そんな子とは関わりたくない。
 だけど、その子は『まだ』平和なソフトテニス部に入部してきたのだった。

五月一日。 入部受付最後の日。

同じ一年生部員・伊田はラケットなし、シューズなしで来た彼女に言った。
彼女がたった今、入部届けを出してきたのは明かだった。

「井上さん、テニス部に入部したんだ」

声には、若干の驚きと苛立ちが含まれている。
私は伊田の言葉で思い出した。 彼女の名前は
井上陽イノウエ ハル
本当は彼女と関わりあいたくない、だが関わり合いにならないことの証明に彼女に聞いたのだ。
 私も地面に座って休憩をしているフリをして聞かせてもらおうじゃないか。

だが、陽は伊田と私の期待を見事に裏切った。

「そうだよ、お母さんが入れって五月蝿くて」

 ……なんてことだ。
私の平和なテニスライフはどうなるんだ!?
 伊田はそう話し始めた陽にどういう経緯で入部したのか、詳しく聞きだしていた。 きっとあのいじめっ子にチクるためだろう。
彼女も誰かに愚痴りたくて仕方なかったらしく、こう言った。

「本当は演劇部に入りたかったのに親が許してくれなかった。 運動部に入らないと許さないってさ」

そういう彼女の顔は心底嫌そうな顔をしていた。
部活を選ぶのも、自分の意思でできない。 親が許さない。
彼女の話によると何回も説得したらしいが、それでも親は許さなかったようだ。

「……ひどいね」

思わず声を出した私に陽は驚いた顔で見て、伊田は険しい顔をして見ていた。


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